聖母マリアのような保育士さんに出会えて、幸運でした

我が家は、共働きで、子育てするには、保育所を利用するしかありませんでした。しかし、ご多聞に漏れず、保育所入所を希望しても、入るのはとても困難でした。わらをも掴む気持ちで、キャンセル待ちの申し込みをしたところ、キャンセルが出て、幸運にも生後10ヶ月で入所することができました。話によると、保育所に入所しても、どうしても集団保育になじめない子供がいるので、数カ月で退所する子供が出てくるということでした。なんとなく、怖い感じがしましたが、なんとか我が子を保育所に預けることができました。
保育士さんはみんな本当に熱心で、仕事に誇りと責任を持って、一生懸命仕事されており、保育士さんに対し、尊敬とあこがれを抱きました。特に子供が年中と年長の年齢になったときの担任の保育士さんは、聖母マリアのような神々しさを抱きました。
その頃、我が家では2人目の子供が生まれ、我が家は戦争状態となりました。家内は下の子供につきっきりで、保育所の送迎は夫である私の役割となりました。ほぼ秒単位のタイトなスケジュールの中で保育所に連れて行き、泣きそうな顔をする子供に後ろ髪を引かれながら、毎日仕事に向かいました。
そんなある日、お父さん大丈夫です。私たちに任せてください。いっしょにいっぱい遊ぼうねと子供を抱っこして、バイバイしようねと手を振ってくれた保育士さんが、年中年長で担任となる保育士さんでした。
その保育士さんに子供が卒業する2年間、ご担当していただき、本当に幸運でした。子供の保育所生活の報告と、子育ての疑問や悩みを伝えるために交換日記も始めてもらいました。まるで教科書体のような美しい文字に保育士さんの品性を感じ、また、どんな疑問にもしっかりと回答してくださるプロ意識に、感動するばかりで、自分の仕事ぶりを振り返ったときに、反省することしきりでした。
恋愛感情を抱くのではなく、人として敬愛すべき存在、尊敬する存在がその保育士さんでした。
一番感動的だったのが、卒園式のときです。その保育士さんは、はかま姿で卒園に臨み、感情を表に出さないで、凛とした姿で入場されました。その姿は、卒園する喜びと哀しみを決して外に出さないと決意された姿で、その姿を見るにつけ、子供を育ててくれたことに対する感謝の気持ちが重なり、涙がとめどなく流れました。
保育所の場合、卒園してからも3月31日までは、入所できます。カウントダウンになるにつれ、もうその保育士さんとは会えないと思うと、胸が張り裂けそうになりました。最後の日、その保育士さんも子供と別れるのが辛かったのか、号泣しながらの最後の別れとなりました。
後でその保育士さんは結婚はされているけれど、お子さんに恵まれていないということを知り愕然としました。私は天を呪いました。何故あのような聖母マリアのような方に、子供が授からなくて、ネグレクトや虐待などを行う家庭に授かるのはおかしすぎます。
しかし、数年後、偶然にもファミリーレストランで、その保育士さんがかわいらしいお子さんとご主人と3人で幸せそうに食事をしている姿を見かけ、思わず、先生と声を上げ、手を取り合って再会を喜びました。保育士さんのご主人が怪訝そうな顔で、私を見ていました。
お子さんが授かったことに心の底からお祝いしたところ、ご主人も納得していただきました。子供が生まれるということは、社会とのつながりが増えることでもあり、子供を保育所に預けて、自分のためにも子供のためにも本当に良かったと思います。